「死のブロック」とは「人生は一度限りであり、死んだら終わりである」というウソのことです。

いよいよこういうことがXに普通に取り上げられるようになりましたね。私が友人達に「人は死なない」輪廻転生ってあるようですね」と言ったら宗教的な話ととられて、宗教の話は禁止と言われました。これは宗教の話ではなくて、量子物理学でも証明されている物理学の話なんですよ。

笹原俊さんのお話:
最も大きなものは、「死のブロック」です。

これは「人生は一度限りであり、死んだら終わりである」というウソのことです。

実際には人間の魂は永遠であり、転生輪廻を繰り返しています。
死に際して苦しみはなく、死んでも現在の意識がそのまま継続します。

これを知らずに、死のブロックを引きずっていると、
1.死を過剰に恐れてしまう
2.人命を過剰に重視してしまう という弊害が生じます。
1.については、DSによる「○○しないと殺すぞ」とか、「○○しないと死ぬ」いう脅しが極めて有効になってしまい、

死を恐れるあまり、魂にとって絶対やってはいけない行為をやってしまう、というのが挙げられます。

死はこの世界における単なるログアウトであり、たいしたことではありません。

自分が絶対受け入れられない行為をやるか、死ぬかの二択になってしまったときは、 迷わずそのまま死んだほうが、次回からの転生がスムーズになります。

SNS においては、「人が死んでいるんだぞ」とか「遺族の気持ちを考えたことあるのか」などと絡んでくる人が良くいます。

これら「不謹慎躊」と呼ばれる反応は、すべて死のブロックにかかっているが故のたわごとにすぎません。

DS はこれをよくわかっていて、事件を起こすときは、必ず何人か殺します。
その事件の真実を追求しようとする人がいると、「不謹慎だ」と言わせて、言論を封殺するためです。

これを許してしまうと、とりあえず何人か殺しておけば、どんな凶悪な謀略であっても、追及できないことになってしまいます。

人が死んだことについては、殺したDSを非難すべきです。

遺族の気持ちについては、その遺族自身の心の問題であり、追及側が考慮すべきことではありません。

そもそも身内の死を悲しむこと自体が、死のブロックににかかっていることを示しています。
死んだ方は、霊体となって、あなたの近くにいるのが常ですし、 あなたが死んだ後には、再び会うことができますので、 悲しむ必要はまったくないのです。

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