「二礼二拍手一礼」は朝鮮式 本来は「三礼三拍手一礼」だった。明治以降、この美しい日本の信仰は、田布施から来た朝鮮式のものに変えられてしまいました。

出雲はもっと言えば「四礼四拍手一礼」だとありましたね。乗っ取られた出雲はその怨念を参道にも表していますね。参道が真っすぐではないのですよ。曲がっているのです。これは私の憶測です。でも本当ですよ出雲族について調べて見て下さい。どれだけ日本人が騙されてきたか・・

故・細川博司先生の深いお話。
【尊いご縁と“命の再生”の祈り】
みなさん…ご存知でしたか? 神社へのお参り――それはかつて、「健康な赤ちゃんが生まれますように」という願いが込められた、神聖なる“命の祈りの儀式”だったんです。
お腹の子の無事を願い、服に使う繊維にも命の通り道としての意味がありました。
参道は「産道」…そしてお宮は「母の胎内」
鏡は“魂の写し鏡”として、自分自身の本来の姿を見つめ直すものだったのです。
でも
明治以降、この美しい日本の信仰は、田布施から来た朝鮮式のものに変えられてしまいました。
本来は「三礼三拍手一礼」という“7”の形で再生を願う儀式が…
今では「2礼2拍手1礼」へと統一
「生まれた場所=お宮」に戻り、 “心の清め”と“命の再出発”を祈る…
そんな尊い行為が、形だけの習慣へと変えられてしまったのです。

もう、生で聞くことは叶わない博士の講演….
もっと聴きに行けば良かった。
静かに手を合わせて、いま一度“祈りの本質”に想いを馳せてみませんか?

天国の先生の為に。先生の夢を皆さんと一緒に叶えましょう
悔しいです本当…

合掌。

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