昔の日本人は肉をほとんど食べなかったそれでも日露戦争の兵士も筋骨隆々 よみがえる千島学説 血液は骨づい~生まれるのではなく、腸から生まれる

彼らを支えたのは 米・味噌・野菜といった植物性の食事だった。体内でタンパク質をつくるには まず炭水化物が必要とされる。米などの炭水化物が一度元素転換され そこからタンパク質が 生成されるという構造。

昔の日本人は肉をほとんど食べなかった
それでも日露戦争の兵士も筋骨隆々 彼らを支えたのは 米・味噌・野菜といった植物性の食 その背景には 現代とは異なる生命のしくみがあった
千島学説とケルブラン理論では 体内でタンパク質をつくるには まず炭水化物が必要とされる
米などの炭水化物が一度元素転換され、そこからタンパク質が 生成されるという構造だ

一方、肉を食べた場合は いったん炭水化物的構造に還元され そこから再構築される
二段階プロセスを要する
この過程で酵素を大量に消費し、代謝の負担が増す。
米を中心とした食生活は シンプルでありながら 生命の仕組みに沿っていた。
食べたものを自らの中で 創り変える力が働いていたからだ。

日露戦争時代の筋肉質な日本兵の体

日露戦争時代の兵士を支えたタンパク源は、魚、肉、大豆製品が中心で、現代のプロテインサプリメントや高タンパク食とは異なり、量と質は限定的でした。

現代の基準(1日あたり50-70g程度が推奨)には遠く及ばず、20-30g程度が現実的な供給量だったと推測されます。

※肉:牛肉や豚肉が缶詰や乾燥加工された形で限定的に支給

日本人は酪酸が多い人ほど筋肉も多い。腸内の酪酸菌の量と筋肉量が比例している。 肉などのたんぱく質を摂ることだけが筋力アップや筋量の増加につながるとは限らない。肉食も手段のひとつではあるが、絶対条件ではない。2/

海藻に含まれる水溶性食物繊維をエサとする酪酸菌が腸内で活発になって酪酸を産生する。 海藻、豆、野菜、味噌汁などをしっかり食べて腸に酪酸を増やすという日本人の腸にふさわしいアプローチに立ち返ることも重要かもしれない。3/

海苔はなんと約40%のたんぱく質を含んでいる。 たんぱく質の「質」は、アミノ酸スコアで判定されている。 肉や卵、乳製品のアミノ酸スコアは100。これに対して、海藻は海苔=91、ワカメ=100、昆布=82と非常に高いアミノ酸スコアなのにもかかわらず低カロリーである。4/

因みにかつて一部の部族の葬儀に際して遺体を食す風習からカニバリズムのイメージが強いパプアニューギニア。 だが彼らの主食はサツマイモで、肉はほとんど口にしない(お祭りの際、年に2~3回ほど豚肉を焼いて食べることがあるようだが)つまり、動物性たんぱく質をほとんど摂取していない。5/

にもかかわらず、彼らは素晴らしい筋肉質の体をしている。ほぼサツマイモのでんぷん(糖質)だけで筋力や筋肉量を維持できている。 彼ら特有の腸内細菌、窒素固定菌によってアミノ酸を生成しているからである。

信じられないかもしれないけど、人間にはタンパク質の貯蔵庫が存在しない。少しでもタンパク過剰をきたすと毒素が体中を駆け巡る。本来の体の仕組みはこう➡︎穀物や野菜を摂取し、『生体内原子転換』でタンパクの元素へ変換している。”本来は”動物性・植物性問わずタンパク質を摂取する必要は ない。

但し!現代人はそもそも体が本来の状態とかけ離れている。添加物然り、農薬然り、運動不足やストレス然り…。

だから、タンパク質はタンパク質として摂る必要性がある人も多い。 お肉だって体が必要としていて食べて元氣になるなら全然OK!

でもね、本当の本当は自分たちが思っている以上に体ってすごいの。そこだけは絶対に忘れないで!

千島学説とケルブランの原子転換説

窒素の少ない植物を主食にしている草食動物が、窒素の多い肉や卵や乳を生産するのは何故か? また、肉をまったく摂らなかった西洋化以前の日本の労働者が筋骨隆々だったのは?

現代栄養学で説明つかない事実であるが、生体内の酵素や消化管内に棲む共生バクテリアの働きによって、脂肪や炭水化物から窒素合成すなわち、タンパク合成が可能であれば、この矛盾は解決する。

[ルイ・ケルヴラン 原子転換説] 生体内における酵素やバクテリアの作用によって、一つの元素が別の元素に転換するという生物学的元素転換論 これらの原子転換は、ケルブランによってイヌおよび人間で実証済みである。

これは千島の ″赤血球分化説″ を生化学的に証明することになる。 なぜなら、赤血球に含まれる窒素は脂肪に含まれないから、赤血球が脂肪変性するときに窒素は消失する。 窒素のゆくえがケルブランの原子転換説で求めることができるからである。

どちらも現代生物学や医療の基礎原理に反するため、追随する研究者がなく、却下されている。 学界はこの二つの学説に対して、いまも沈黙しているが、実際に観察されたことがらであるから、その事実は認めるべきである。 事実であっても説明できないことは否定するという、科学の態度は正しくない。

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