最も古い韓国の国旗 「清の属国」であることが、得意気に書かれた国旗だった



<朝鮮の悲しい歴史>
■中国が朝鮮に侵攻した丙子胡乱
多くの朝鮮人が奴隷として連行され 多くの朝鮮人女性が「性奴隷」にされた
丙子胡乱は、1636~1637年にかけて、清が朝鮮へ侵攻した戦争。
勝利した清軍は朝鮮からたくさんの人々を捕まえ、奴隷として連れ去った。
中国や朝鮮の記録では、50万~60万人が連行されたと書かれています。
朝鮮の女性や子どもを含む多くの人が、瀋陽の奴隷市場まで連れて行かれました。
中国の史料には「60万人の朝鮮人を瀋陽の奴隷市場に連れて行き、売った」と記されています。
奴隷市場はとてもにぎわい、捕虜たちは満洲の貴族の農奴や労働力、女性は性奴隷として売買されました。
この出来事で朝鮮は人口が激減し社会に大きな傷を残しました。
その後、清から朝鮮への勅使は1637年から1881年までの244年間に161回に及び、そのたびごとに朝鮮国王は迎恩門に至り、三跪九叩頭の礼(3回ひざまずく9回頭を地面につける礼)により迎えた後、慕華館での接待を余儀なくされた。
逆に朝鮮から清への朝貢使は500回以上にも及んでおり(当初は毎年4回、1644年以降は年1回)、 これは当時の清の冊封を受けていた琉球(2年に1回)、タイ(3年に1回)、ベトナム(4年に1回)などと比べても突出して多いものであった。
■清と朝鮮のこのような関係は、日本と清による日清戦争で日本が勝利し、下関条約で日本が清に李氏朝鮮の独立を認めさせる1895年まで、約250年間続いた。
■朝鮮の人々は、清からの独立を喜び「迎恩門」を破壊して、その前に「独立門」を建てました。 しかし、現在の韓国人達は、この独立門を「日本からの独立を祝って建てられた」と本気で思っています 歴史を忘れた民族に未来は無いよね




