アメリカは何処までは悪だったね。日本人はずーっと騙されてきました。
北方領土問題を調べ直していて、公式の説明だけでは埋まらない空白に行き当たりました。
まず1945年8月8日のソ連参戦です。
教科書では日ソ中立条約を破っての侵攻と説明されます。 ただ、その半年前の2月、ヤルタ会談でルーズベルト米大統領がソ連のスターリン書記長に対し、ドイツ降伏の2〜3カ月後の対日参戦を求め、見返りとして南樺太の返還と千島列島の引き渡しを約束していました。
日本を当事者としない秘密協定であり、日本は領土移転の根拠にならないとしていますが、ロシアは今もこれを国際的な決着の根拠に据え続けています。
そして私が一番驚いたのが、プロジェクト・フラという米ソの極秘共同作戦です。
アメリカはアラスカのコールドベイでソ連兵およそ1万2000人を訓練し、掃海艇や上陸用舟艇など計149隻を無償で貸与していました。
この艦船が、実際に千島方面の上陸作戦に投入されています。
つまりソ連の千島占領は、単なる火事場泥棒ではなく、アメリカが訓練と艦船を提供した連合国の作戦という側面を持っていたことになります。
日ソ中立条約は1946年4月まで有効でした。1945年4月にソ連が伝えたのは不延長の通告であって、破棄ではありません。
有効期間中の参戦だったという事実は動きません。日本はすでにソ連を仲介役として降伏の道を探っていたのに、その相手が領土拡張に動いたわけです。
次に、ソ連崩壊後の場面です。
1992年3月、来日したコズイレフ外相とクナーゼ外務次官が秘密提案を持ち込みました。
歯舞と色丹の引き渡し協議、そして国後と択捉の帰属協議を同時並行で進め、決着後に平和条約を結ぶという内容です。
ロシア側が示した案としては、戦後で最も踏み込んだものでした。 ところが日本側は、四島一括ではないとして拒否します。対案も示さなかったと伝えられています。 クナーゼ氏はその後ロシア国内で失脚し、日本は千載一遇の機会を自ら手放しました。 背景にはアメリカの影も指摘されます。
1956年の日ソ共同宣言の際、ダレス国務長官が、二島で妥協するなら沖縄は返さないと日本を牽制した経緯があります。
冷戦期は領土問題を日ソ分断の楔として残し、冷戦後も日本とロシアの接近を警戒した。公式には四島返還を支持しながら、実際には解決を望まない構造があった、という見方です。 そして今です。
2026年8月13日、プーチン大統領が択捉島を初めて訪問しました。 水産加工場や病院を視察し、特産のイクラを試食する様子が国営メディアで伝えられています。
高市首相は断じて許容できないとして抗議しましたが、島は一寸も戻っていません。
ヤルタの密約、米ソの共同作戦、そして戦後の硬直した外交。 この積み重ねを直視しないまま不法占拠という言葉だけを繰り返しても、次の一手は見えてこないと感じています。
ロシア凶悪論は完全に騙されてます。 私は親露ではありませんけど親米でもない。
日本の国益強い日本に戻ってほしいだけ。





樋口季一郎がいなかったら今頃北海道は占領されていただろう・・・


